「サイトカイン」という言葉を健康や病気に関するニュースなどで耳にする機会が増えたかもしれません。「免疫に関係するもの」という漠然としたイメージはあるが、具体的にどのようなものなのか、よく分からない方も多いのではないでしょうか。
サイトカインは、体の中で細胞同士が情報を伝え合うために使用される、非常に小さなタンパク質の一種です。特に、病原体やがん細胞などから体を守る「免疫システム」や、ケガをした際に起こる「炎症反応」において、非常に重要な役割を担っています。
この記事では、サイトカインの基本的な知識から、具体的な働き、種類、そして健康や病気とどのように関わっているのか、また新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で話題となった「サイトカインストーム」も含めて、できるだけ分かりやすく解説していきます。
まずは、「サイトカイン」が一体何なのか、基本的なところから見ていきましょう。
サイトカインは、体を構成する様々な細胞から作られ、分泌されるタンパク質です。特に、免疫を担当する細胞(リンパ球、マクロファージなど)が主な産生源となりますが、免疫細胞以外の細胞(血管内皮細胞、線維芽細胞など)からも作られます。サイトカインは、非常に小さく、細胞の外に分泌して働きます。
体の中では、無数の細胞が互いに連携し生命活動を維持しています。その細胞間のコミュニケーション、つまり「情報伝達」に重要な役割を果たすのがサイトカインです。
例えば、体内に細菌が侵入してきた場合、それを検知した免疫細胞はサイトカインを分泌します。このサイトカインが警報として機能し、他の免疫細胞を呼び寄せたり、攻撃態勢を整えさせます。このように、サイトカインは細胞間の情報伝達を担う『伝達物質』の役割を果たしています。
サイトカインは、あらゆる細胞に手当たり次第に作用するわけではありません。それぞれのサイトカインには、特定の「鍵穴」のようなものに対応する「鍵」の構造を持っています。この「鍵穴」にあたるのが、細胞の表面に存在する「受容体(レセプター)」と呼ばれるタンパク質です。
サイトカイン(鍵)が、対応する受容体(鍵穴)を持つ細胞に結合すると、それがスイッチとなり、細胞の中に情報が伝達されます。その結果、細胞は、増殖、分化、特定の物質の産生、移動などの特定の機能を発揮します
サイトカインは単一の物質ではなく、非常に多くの種類が存在します。現在では、数百種類(一説には約800種類とも1)のサイトカインがあり、それぞれが異なる情報や機能を持っています。この多様性によって、体は状況に応じて複雑かつ精密な応答を行うことができるのです。
サイトカインは多岐にわたる生理作用に関わっていますが、特に重要なのが「免疫」と「炎症」における働きです。
免疫は、細菌、ウイルス、がん細胞といった「非自己」すなわち体内で異常を起こした細胞や外部から侵入した異物を認識し、排除するための複雑な防御システムです。サイトカインは、この免疫システムが円滑かつ効果的に機能するための「情報伝達物質」の役割を果たします。
炎症は、外傷や感染などによって損傷を受けた組織を修復し、原因となる異物を取り除くための生体防御反応です。赤み、腫れ、発熱、痛みなどが特徴ですが、この炎症反応の制御にもサイトカインが深く関わっています。
炎症反応は本来、体を守るための必要な反応ですが、アクセル役とブレーキ役のサイトカインのバランスが取れていることが重要です。
サイトカインの働きは免疫や炎症の調節だけにとどまりません。一部のサイトカインは、損傷した組織の修復を促したり、血液細胞の生成過程(造血)を調節する働きも持っています。
数百種類もあるサイトカインをすべて覚えるのは困難ですが、機能や構造に基づいていくつかのグループに分類されています。ここでは主要なグループと、代表的なサイトカインについて紹介します。
グループ | 代表例 | 主な働き(例) |
インターロイキン | IL-1 | 炎症反応の開始、発熱、免疫細胞の活性化 |
IL-2 | T細胞(リンパ球の一種)の増殖・活性化 | |
IL-6 | 炎症反応の促進、抗体産生の誘導、発熱 | |
IL-10 | 免疫応答・炎症の抑制(抗炎症性) | |
IL-12 | NK細胞・T細胞の活性化、IFN-γ産生誘導 | |
インターフェロン | IFN-α, IFN-β | 抗ウイルス作用 |
IFN-γ | 免疫細胞(マクロファージ、NK細胞、T細胞)の活性化、抗腫瘍効果、抗ウイルス作用 | |
腫瘍壊死因子 | TNF-α | 炎症反応の強力な誘導、がん細胞への作用、細胞死の誘導、免疫細胞の活性化 |
ケモカイン | (多数の種類) | 免疫細胞の遊走(特定の場所への移動)を誘導 |
造血因子 | G-CSF | 好中球(白血球の一種)の産生促進 |
EPO | 赤血球の産生促進 | |
細胞増殖因子 | EGF, FGF | 細胞増殖の促進、組織修復 |
※上記は代表的な働きの例であり、一つのサイトカインが複数の機能を持つこともあります。
ここまで見てきたように、サイトカインは免疫や炎症といった生体防御システムに不可欠な役割を果たしています。しかし、その働きは非常に強力であるため、適切なタイミングで、適切な量だけ産生され、作用する必要があります。
サイトカインは、免疫応答の開始(促進)だけでなく、その終結(抑制)にも関与します。炎症性サイトカインと抗炎症性サイトカインが適切なバランスを取り合うことで、免疫システムは異物を効率的に排除しつつ、自己組織への損傷を最小限に抑えることができます。このバランスが崩れると、様々な問題が生じる可能性があります3。
サイトカインの産生や作用が過剰になったり、逆に不足したりすると、免疫システムの制御が乱れ、以下のような病気や不調を引き起こす可能性があります。
サイトカインのバランスが崩れることが、様々な病気の発症や進行に関与していることが近年の研究で明らかになってきています。
近年、特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化要因として注目されたのが「サイトカインストーム(サイトカイン放出症候群)」です。
サイトカインストームは、高熱、倦怠感、呼吸困難などの症状を引き起こし、重症例では多臓器不全に至ることもある危険な状態です。
短期間で収束する急性炎症とは異なり、軽度の炎症が長期にわたり持続する状態を「慢性炎症」といいます。慢性炎症には、炎症性サイトカインが持続的に関与していると考えられており、動脈硬化、糖尿病、肥満、一部のがんなど、様々な生活習慣病の発症や進行に関わっていることが示唆されています[^5]。
関節リウマチ、全身性エリテマトーデス(SLE)、クローン病、潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患は、免疫システムが自己組織を誤って攻撃してしまう病気です。これらの疾患の発症や症状の悪化には、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインが深く関与していることが知られており、これらのサイトカインの作用を抑制する薬(抗体医薬など)が治療に用いられています。
花粉症、気管支喘息、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患は、本来無害であるはずの特定の物質(アレルゲン)に対して免疫系が過剰に反応する状態です。この過剰な反応には、特定のサイトカイン(IL-4, IL-5, IL-13など)が関与していることが知られています。
サイトカインとがんの関係は複雑です。
一方では、IFN-γやIL-12のように免疫細胞を活性化してがん細胞を攻撃するのを助けるサイトカインが存在します。これらのサイトカインの働きを利用したがん免疫療法の研究開発が進められており、一部はサイトカイン療法として臨床応用されています。
しかしもう一方では、がん細胞自身がTGF-βやIL-10のような免疫抑制性のサイトカインを分泌し、免疫細胞からの攻撃を回避しようとすることもあります。また、慢性的な炎症を引き起こすサイトカインが、がんの発生や進行を促してしまう可能性も指摘されています6。
特定の病気の診断や治療効果の判定のために、血液中のサイトカイン濃度を測定する検査が行われることがあります。例えば、関節リウマチの活動性を評価するためにIL-6濃度を測定したり、サイトカインストームが疑われる場合に複数のサイトカイン濃度を測定したりすることがあります。
ただし、健康な人のサイトカイン濃度は非常に低く、変動も大きいため、健康状態の一般的な指標として日常的に測定されることは稀です。特定の目的や疾患の評価以外でサイトカイン検査を希望する場合は、検査の意義や解釈について医師と十分に相談することが重要です。
サイトカインのバランスは、私たちの健康状態を反映する指標の一つと言えます。特定のサイトカインのみを増減させることを目的とするのではなく、全身の免疫システムがバランス良く機能するような生活を心がけることが大切です。
特定の食品や成分が直接的にサイトカインバランスを「調整する」と断定することは難しいですが、健康的な生活習慣が免疫機能の維持に寄与することは広く知られています。
特定の成分を含むサプリメントや健康食品が、免疫機能やサイトカインに影響を与える可能性を示唆する研究も存在しますが、その有効性や安全性については、十分な科学的根拠が確立されていないものも多く存在します。特定の製品を利用する際は、誇大な広告や体験談に惑わされず、信頼できる情報源(公的機関、査読付き論文など)から情報を確認し、必要に応じて医師や専門家に相談するようにしましょう。
サイトカインは、体内で細胞間の情報伝達を担い、特に免疫や炎症反応において重要な役割を果たしている重要なタンパク質です。
サイトカインについて理解を深めることが、ご自身の健康状態に関心を持ち、より健やかな生活を送るための一助となれば幸いです。
1
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3
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5
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