「階段の上り下りがつらい」「歩き始めに膝が痛む」「正座ができない」…そんな膝の悩みを抱えていませんか? もしかしたら、それは膝関節のクッションである「軟骨」がすり減っているサインかもしれません。
「すり減った軟骨は元に戻らない」と諦めている方もいらっしゃるかもしれません。しかし近年では、「再生医療」という新しいアプローチがそうした考えに変化をもたらすかもしれません。
この記事では、膝軟骨がすり減る原因から、再生医療の可能性、具体的な治療法(PRP療法、幹細胞治療、自家培養軟骨移植術)、費用や保険適用、そして信頼できる医療機関の選び方まで、網羅的に解説します。あなたの膝の悩みが解消され、より良い選択ができるよう、この情報がお役に立てれば幸いです。
まず、膝の軟骨がなぜすり減り、そして一度すり減ると元に戻りにくいのか、その理由から見ていきましょう。
膝軟骨は、骨と骨が直接ぶつかるのを防ぎ、スムーズな関節の動きを支える重要な組織です。しかし、様々な要因によって少しずつすり減っていきます。
多くの組織は血管を通して酸素や栄養を受け取り、老廃物を排出することで新陳代謝を行いますが、軟骨は関節液と呼ばれる液体から、しみ込むようにゆっくりと栄養を得ています。これは、十分な補給路がない遠隔地に例えられます。そのため、損傷が起きても修復に必要な細胞や栄養が届きにくく、軟骨は自力でなかなか治りにくいのです。
軟骨がすり減り始めても、初期には自覚症状がないことがほとんどです。これは、軟骨組織には痛みを伝える神経が存在しないためです。
しかし、すり減りが進行し、軟骨のかけらが関節内に散らばったり、軟骨の下にある骨が露出したりすると、関節を包む「滑膜(かつまく)」という組織に炎症が起こります。この炎症が、膝の痛みや腫れ、熱感を引き起こす主な原因となります。
症状が進行すると、以下のような段階を経ることがあります。
このような状態は「変形性膝関節症」と呼ばれ、日本国内にも多くの多くの方が悩まされています。
従来の治療法では困難だった「すり減った軟骨へのアプローチ」として、近年「再生医療」が大きな期待を集めています。
再生医療とは、ケガや病気で失われた組織や臓器の機能回復を目指す医療技術です。膝の再生医療においては、主にご自身の血液や細胞を利用し、体にもともと備わっている修復能力を引き出し、軟骨のダメージ軽減や組織修復を促すことを目的としています。
従来の膝治療は、痛みや炎症を抑える薬物療法、関節の動きを滑らかにするヒアルロン酸注射、リハビリテーションなどの「保存療法」や、進行した場合の「手術療法(人工関節置換術など)」が中心でした。
これらの治療は、痛みを和らげたり、膝の機能を改善したりするのに役立ちますが、保存療法は軟骨そのものを再生させるわけではありません。また、人工関節は非常に有効な治療法である一方で、手術による身体への負担や感染症のリスク、耐用年数といった課題もあります。
再生医療は、「失われた軟骨組織そのものに働きかける」**う点で、従来の治療法とは異なるアプローチであり、根本的な解決につながる可能性を秘めていることから、大きな期待が寄せられています。
膝の再生医療には、以下のようなメリットと留意すべき点があります。
メリット:
デメリット:
現在、膝の治療で行われている、あるいは研究が進められている再生医療には、いくつかの方法があります。代表的なものを紹介します。
PRP療法は、血液を採取し、特殊な遠心分離機で血液中の「血小板」を濃縮して患部に注入する治療法です。
幹細胞治療は、様々な細胞に変化する多分化能と自己複製能力を持つ「幹細胞」を利用する治療法です。膝の治療では、脂肪組織や骨髄などから採取した幹細胞を用いることが一般的です。
自家培養軟骨移植術は、自身の健康な軟骨の一部を少量採取し、体外で培養して増やした軟骨細胞を、損傷した部分に移植する手術療法です。
上記以外にも、細胞を使わずに成長因子のみを投与する方法や、iPS細胞を用いた軟骨再生の研究、自己細胞シートを用いた変形性膝関節症治療の研究なども進められています。これらの多くはまだ研究段階ですが、将来的に新たな治療の選択肢となることが期待されています。
再生医療を検討する上で、期待できる効果と、安全性やリスクについて正しく理解しておくことが重要です。
いくつかの研究では、再生医療によって膝の痛みが和らいだり、関節の機能が改善したりする可能性が示されています。例えば、変形性膝関節症に対する幹細胞治療に関する複数の研究をまとめた分析では、プラセボ(偽薬)と比較して痛みや機能の改善が認められた、という報告があります1。
しかし、これらの効果には個人差があり、すべての人に同様に現れるわけではないことが現状です。軟骨が完全に元通りになることを保証するものではなく、特に変形性膝関節症が進行している場合には、その効果が限定的である可能性も考慮する必要があります。
再生医療は万能薬ではなく、あくまで治療選択肢の一つとして、過度な期待を持つのではなく、どこまでが限界なのかを正しく理解することが重要です。
これらのリスクについては、治療を受ける前に医師から十分な説明を受け、理解しておく必要があります。また、再生医療を提供する医療機関は、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」に基づき、厚生労働省への届出や計画の提出が義務付けられています。
PRP療法や脂肪由来幹細胞治療などの多くは、現在のところ公的医療保険が適用されない「自由診療」となります。そのため、費用は全額自己負担となり、医療機関によって大きく異なります。
これらはあくまで目安であり、実際の治療内容や必要な回数によって総額は変動します。必ず事前に医療機関に確認しましょう。
前述の通り、自家培養軟骨移植術は、外傷性軟骨欠損症または離断性骨軟骨炎で、軟骨欠損面積が4㎠以上などの条件を満たす場合に限り、保険適用となります。変形性膝関節症は対象外です。
保険適用の場合でも、自己負担割合に応じた費用が発生します。ただし、手術や入院費用が高額になるため、「高額療養費制度」の対象となる可能性があります。この制度を利用すると、ひと月にかかった医療費の自己負担額が上限額を超えた場合に、超えた分が払い戻されます。上限額は年齢や所得によって異なります。
自由診療・保険診療に関わらず、再生医療を受ける際には、治療費本体以外にも、初診料、再診料、MRIなどの画像検査、血液検査、リハビリテーションなどの費用が別途かかる場合があります。総額でどのくらいの費用が必要になるのか、事前にしっかりと確認することが重要です。
膝の痛みや変形性膝関節症の治療法は、再生医療以外にも治療法が存在します。ご自身の状態に合わせて最適な治療法を選択するために、他の治療法との違いも理解しておきましょう。
しかし、ヒアルロン酸注射は軟骨そのものを再生させる治療ではありません。あくまで、膝の痛みを和らげ、関節内の状態を改善することを目的とした対症療法です。軟骨の再生を目指す再生医療とは、目的も作用する仕組みも大きく異なります。
保存療法は、初期から中期の変形性膝関節症において検討される治療法です。
保存療法や再生医療で十分な効果が得られない場合や、症状が重度に進行した場合には、手術療法が検討されます。
再生医療は、保存療法と手術療法の間に位置づけられる比較的新しい選択肢と言えます。
膝の健康のために、グルコサミンやコンドロイチン硫酸などのサプリメントを活用している方もいるでしょう。しかし、これらの成分が膝軟骨を再生させたり、すり減りを予防したりするという医学的な効果は、現在のところ十分に証明されていません。大規模な臨床試験においても、プラセボ(偽薬)と比較して明らかな有効性は示されませんでした2。過度な期待はせず、バランスの取れた食事や適切な運動など、基本的な生活習慣を大切にしましょう。
最適な治療法は、軟骨の損傷具合、症状の程度、年齢、活動レベル、ライフスタイル、そして希望によって異なります。
どの治療法が自分に適しているか、メリット・デメリットをよく理解した上で、必ず専門医と十分に相談して決定することが重要です。
再生医療は比較的新しい治療法であり、自由診療が中心となるため、医療機関選びは特に慎重に行う必要があります。
再生医療を受ける医療機関を選ぶ際には、以下の点を必ず確認しましょう。
治療法や医療機関について疑問や不安を感じる場合は、他の医師に意見を聞くセカンドオピニオンを積極的に検討しましょう。複数の専門家の意見を聞くことで、より客観的に情報を比較検討し、納得のいく治療選択につながります。
現在、膝軟骨再生の分野では、さらなる進歩を目指して様々な研究が進められています。
これらの新しい技術が広く実用化されるためには、有効性のさらなる証明、安全性の確立、コストの低減、安定供給体制の構築など、まだ解決すべき課題も多く残されています。
すり減ってしまった膝の軟骨は、血管が少ないため自然に再生することは難しい組織です。しかし近年、PRP療法や幹細胞治療といった「再生医療」が登場し、膝の痛みや機能障害に悩む方々にとって、新しい選択肢として注目されています。
これらの治療は、自身の血液や細胞を利用して組織修復を促す可能性を秘めていますが、効果には個人差があり、多くは自由診療の為費用も高額になる傾向があります。ただし、自家培養軟骨移植術のように特定の条件下で保険適用となる治療法もあります。
膝の痛みの原因やその程度は人によって異なります。そのため、再生医療がご自身に適した治療法なのか、あるいは保存療法や手術療法といった他の選択肢と比べてどうなのかは、整形外科の専門医に相談し、それぞれの治療法のメリットとデメリット、費用などを十分に理解した上で、慎重に判断することが重要です。
この記事が、あなたの膝の悩みに対する理解を深め、より良い治療選択のための一助となれば幸いです。
参考文献
1Jevsevar, D., et al. (2021). The American Academy of Orthopaedic Surgeons Evidence-Based Clinical Practice Guideline on Management of Osteoarthritis of the Knee (Nonarthroplasty), Third Edition. Journal of the American Academy of Orthopaedic Surgeons, 29(22), 946-950.
2Clegg, D. O., et al. (2006). Glucosamine, chondroitin sulfate, and the two in combination for painful knee osteoarthritis. New England Journal of Medicine, 354(8), 795-808.